生涯で打ち立てた4,257安打はギネス世界記録に認定され、とてもない大記録、偉業を成し遂げたイチローさんですが、どうしてそういった大記録を打ち立てることができたのか?ここではイチローさんの座右の銘にすべき言葉をご紹介させていただきます。
イチローの代表的な言葉
イチローの言葉
小さいことを積み重ねる事が、とんでもないところへ行くただひとつの道
イチローさんの名言の代表的な言葉で、大きな成果は小さな成果の積み重ね、大記録は小さな努力の積み重ね。言う事は簡単ですが、常に自分を律する、常に自分に甘えを許さず、厳しい姿勢で臨むというのは簡単にできることではありません。改めてイチローさんの偉大さが分かる座右の銘にすべき言葉です。
座右の銘にすべき言葉
イチローさんは自らが欲する結果は簡単に楽に手にすべきでないと仰っています。その真意はイチローさんのみ知るところですが、簡単に手に入ってしまうよ驕り(おごり)、油断が起こり、努力の質が低下をしたり、自分の力を過信してしまい、その先からスランプが始まったり、アスリートによって最も気を付けなければいけないケガをしてしまったりします。
本当に全てを投じて、様々なものを犠牲にして困難を伴ったものほど、手に居れた時の有難みが分かりますし、結果を手にする為には本当に死に物狂いで向き合わなければいけないのだということを悟ることができます。目先の一つの勝ちも大切ですが、それ以上に勝ち続けることが大事ですので、偶然一度は勝利することができても、二度目勝つのは容易ではなく、勝ち続けるとなると誰よりも研究されているわけですから、誰よりも練習をしなければいけません。
イチローさんの『結果は困難を伴って出すべき』この座右の銘にすべき言葉は勝利を得る心構えへの警鐘とも受け取れる非常に深い言葉です。
イチローの座右の銘
イチローの言葉
僕は子どもの頃から人に笑われてきたことを常に達成してきてるという自負はある
イチローさん自身は幼少の頃から笑われることがあったようで、日本のプロ野球からメジャーリーグへ移籍する際も、通用するはずがないと笑われたと仰っていました。こういったエピソードをインタビューの中でお話されるということはイチローさんにとって、すごく心の残っているということでしょうから、その悔しさをバネに『見返してやる』『自分で自分を証明する』と心に誓い、ここまでの記録を打ち立てたのかもしれません。
誰しも人とのトラブルや辛い状況を好む人はいないと思いますが、バカにしてくる人、否定してくる人も活用方法にとっては、自分を発奮させてくれる存在です。一流は順境であれ、逆境であれ、全てをプラスに全てを自らの成長につなげる考え方を自然に行っているので、イチローさんも身の回りのあらゆる全てをご自身の活力にされていたことは間違いないでしょう。
イチローと甲子園とイップス
ここからは座右の銘ではないのですが、イチローさんのインタビューについて触れていきたいと思います。イチローさんは報道ステーションでの稲葉篤紀さんとの対談の中で、自身が甲子園に行く気は全然無かったとお話しされています。
あえてイチローさんは全然と強調されていました。ではなぜ行く気がなかったかというと、プロに入る事しか眼中になかったからだという事のようです。そしてイチローさんの母校は愛工大名電ですが、地元では有名な選手で一年生からレギュラーで三塁手、レフトなどを任されたわけですが、3年生で甲子園に出場した際は投手としてイチローさんは出場されました。
この事について「甲子園に行って(スカウトに)見てもらうという機会として甲子園に出た方がいいだろうという考え方。ピッチャーだったら一番目立つじゃないですか」とお話しされていました。つまりプロに入る為にはスカウトの目に留まらないといけないので、自分を見てもらうという目的の為に甲子園に出場したという事のようです。
イチローと愛工大名電
ちなみに愛工大名電時代に2度甲子園に出場されましたが、いずれも初戦敗退でした。
また高校二年生の春にイップスになった事も告白されていました。イップスとは精神的要因で思い通りにプレーできなくなる症状です。
そしてそのイップスをどうやって克服したかというと「センスです」と一言。このイップスは努力ではどうしようもないとのことで、この時が野球人生の中で一番のスランプだったとご自身で発言されていました。このイップスが治ったのは1997年だったようで、ドラフト4位でオリックスに入団したのが1991年だったので高校2年生からの症状なので、7年、8年はイップスで苦しんでいたようです。
イチローさんは「しんどい思いは、どこかでしておくべきですよね、早い段階で」
報道ステーションの稲葉さんとの対談でお話しされていました。イチローさんにとって愛工大名電の高校時代が、精神的要因から自分のプレーができなくなるイップスで苦しむなど、かなりハードだったようです。また対談の中で「分かっていても出来ない事って確かにある」「生まれ持った才能とか努力では掴めないものってある」という言葉もありました。
イチローさんの何気ない言葉にも本当に名言と言われるような言葉が散りばめられていますね。
怪我をしない理由
イチローさんが怪我をしない理由として以下と述べられていました。
イチローの言葉
「基本的には人体の動きを理解しながらプレーすれば、怪我を防ぐことできる」と報道ステーションの稲葉さんとの対談でお話しされていました。一例を挙げればヒザの力を抜いたら肩の力も抜ける…とご自身の感覚として、色々な理論があるようです。また皆、こういう構造や関節、骨盤の動きを理解している人は少ないとの事です。
さらに筋肉を鍛えて体を大きくするトレーニングについても警鐘を鳴らしておられました。
「自分の持って生まれたバランスが絶対ありますから、それを崩しちゃダメですよ」「筋肉大きくなるけど、それを支えている関節とか腱とかって鍛えられないので、だから壊れちゃうじゃないですか、重さに耐えられないから」
「人体を理解すると一番動きとかトレーニングにだいぶ差が出る」などイチローさん自身の考えを述べておられました。イチロー自身は全くウェイトトレーニングを行った経験がないわけではなく、ウェイトトレーニング他、色々試されたそうでウェイトトレーニングで筋肥大をしたそうですがスイングスピードが落ちたそうです。
そして今の時代は
イチローの言葉
「情報が多すぎて、どれをピックアップしていいか…」とお話しされていましたが、これは野球に限らず、情報過多なので、逆に正しい答えに辿り着けないケースもありますよね。全くミスなしで、そこに辿り着けたとしても深みは出ない。無駄な事って結局無駄じゃないという考え方がすごい好き。ただ無駄に飛びついてるわけじゃないですけど、後から思うと無駄だったっていうのは、すごく大事なこと
と述べておられました。
愛犬の一弓とイチロー
2018年のインタビューで愛犬の一弓についてコメントされました。
イチローの言葉
もう17歳ですから来年18歳になる年ですけど、もう一生懸命生きてるわけですよ、毎日。一弓にとっての一日は僕らにとっての一日とは全く意味が違うし、ホント懸命に生きてるのが分かるんですね。
それを見ていてすごく嬉しいし、あの姿見たら…。僕にとって現役で無くなるという事は、一つの死を迎える事と同じですよね、プロのアスリートにとっては。それは確実に近づいてるきてるわけですよ。そう思った時に今、自分が思ってる事とか感じている事っていうのは、もう懸命に生きるしかないですよ。
奥様(嫁)弓子夫人ついて
(弓子夫人について引退後のインタビュー)実際、球場に行って戦ってないのに戦ってる、戦ってた人ですから。毎年シーズン終わると、ぐったりしてましたもんね弓子の方が。
日本でのプレー
イチローさんは2019年に引退されたわけですが2018年のインタビューで日本に戻ってプレーしないのか?という質問に回答されました。
イチローの言葉
もし日本でプレーする可能性があるなら、神戸でしかないんですよね。神戸にそのままチームがあれば考えたと思います。気持ちがないわけではないですよ。マリナーズではないよっていわれたら、そこで終わりですよ。それでも何とかしがみついて、どこかのユニホームを着る…、そんなは事するべきではないと思ってます。
イチローと天才の孤独
天才は孤独だとはよく言われますが、やはりイチロー選手も誰も近く事ができない高みに上り詰めた人なので孤独をお感じになられたようでNHKスペシャルの中で「ものすごい孤独なんですね。」と仰っていました。また2012年にヤンキースに移籍をされるわけですが、今まで在籍していたマリナーズを去る際に『寂しいですよ。寂しいですけどこれは前に進む為の区切りですからね、時間は進んでいくわけです。』と人間味のある本音をテレビの前でつぶやいていたのは印象的です。
イチローが引退を決めた時
イチローの言葉
(引退を決めた時はどんな気持ちだったのか?)これはもう…そうしないとチームに悪いなって思ったし、結果出なければ、もうそうするっていう風に決めていたし、当然の決断でしたけどね。ただその事は分かっていても、だからといって諦められない、諦められないっていうのはメジャーに残るという事ではなくて、自分の技術、その一本のヒットを打つ為に、そこに心血を注ぐという事を諦める事が出来ないですよね。それは最後まで引退を決断しても、何ら変わりのない事でしたね。
また引退後のインタビューで日本のファンが暖かく迎えてくれた事で笑って引退ができたとお話しされており、「自分なりに頑張ること、これを人は見てくれたんだなって思ってます
イチローの心境の変化
イチローさんは1992年にオリックスの選手として初めて試合に出られました。そして2019年に引退されたわけですが、デビューから引退まで約27年現役生活を続けてこられましたが、やはり年齢や置かれている状況と共に心境の変化もあったようで以下のコメントもされています。
イチローの言葉
94年のデビューした時は、あの時は1人でだってできると思ったし、できなきゃいけないって思ってたけど、今1人じゃ無理だね。人に迷惑かけて生きちゃいけないって思いがちなんだけど人って。迷惑かけます僕は。かけなきゃ生きていけないし、人に迷惑をかけないで生きていくなんて無理。だから思いっきり迷惑もかけるし、だけど僕ができる事で思いっきり返したい。
最後に他のイチローさんが残した言葉をご紹介致します。
イチローの言葉
あそこの空間でしか分からない事って必ずあると思うんですよ。バッターボックスでしか感じられない感覚、匂いだとか雰囲気だとかのね、あそこでしか生まれないものって必ずある。
イチローの言葉
人の事をやっぱり驚かせたいなっていう気持ちは強く持ってますね。
イチローの言葉
勝負の世界で生きてるから、どうしたってあまり気持ち良くない。
イチローの言葉
やっぱり日々、懸命に生きたい。それを重ねていく。懸命に生きられる何かをモチベーションを見つけていくっていうのが生きて行く意味だと思うので、それを重ねていきたいなと思いますね。
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