茨木のり子に関する名言集・格言集
茨木のり子
まきこまれ ふりまわされ くたびれはててある日 卒然と悟らされる もしかしたら たぶんそう 沢山のやさしい手が添えられたのだ 一人で処理してきたと思っている わたくしの幾つかの結節点にも 今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
落ちこぼれの実 いっぱい包容できるのが豊かな大地 それならお前が落ちこぼれろ はい 女としてとっくに落ちこぼれ 落ちこぼれずに旨げに成って むざむざ食われてなるものか 落ちこぼれ 結果ではなく 落ちこぼれ 華々しい意思であれ
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
だいたいお母さんてものはさ しいんとしたとこがなくちゃいけないんだ
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
おばあちゃまは怒る 梅干ばあちゃま 魚をきれいに食べない子は追い出されます お嫁に行っても三日ともたず返されます 頭と尻尾だけ残し あとはきれいに食べなさい お嫁になんか行かないから 魚の骸骨みたくない
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
言葉が多すぎる というより 言葉らしきものが多すぎる というより 言葉と言えるほどのものが無い この不毛 この荒野 賑々しきなかの亡国のきざし さびしいなあ うるさいなあ 顔ひんまがる
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
なぜ国歌など ものものしくうたう必要がありましょう おおかたは侵略の血でよごれ 腹黒の過去を隠しもちながら 口を拭って起立して 直立不動でうたわなければならないか 聞かなければならないか 私は立たない 坐っています
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
戦争責任を問われて その人は言った そういう言葉のアヤについて 文学方面はあまり研究していないので お答えできかねます 思わず笑いが込みあげて、どす黒い笑い吐血のように 噴きあげては 止り また噴きあげる
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
生きてゆくぎりぎりの線を侵されたら 言葉を発射させるのだ ラッセル姐御の二丁拳銃のように 百発百中の小気味よさで
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
はじめての町に入ってゆくとき わたしはポケットに手を入れて 風来坊のように歩く たとえ用事でやってきてもさ お天気の日なら 町の空には きれいないろの淡い風船が漂う その町の人たちは気づかないけれど はじめてやってきたわたしにはよく見える なぜって あれは その町に生まれ その町に育ち けれど 遠くで死ななければならなかった者たちの 魂なのだ そそくさと流れていったのは 遠くに嫁いだ女のひとりが ふるさとをなつかしむあまり 遊びにやってきたのだ 魂だけで うかうかと
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
子供たちには ありったけの物語を話してきかせよう やがでどんな運命でも ドッジボールのように受けとめられるように
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく 外にむかってひらかれるのこそ難しい
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
はじめての町に入ってゆくとき わたしの心はかすかにときめく そば屋があって 寿司屋があって デニムのズボンがぶらさがり 砂ぼこりがあって 自転車がのりすてられてあって 変わりばえしない町 それでもわたしは十分ときめく
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
道でばったり奥様に出会い 買い物籠をうしろ手に
夫の噂 子供の安否 お天気のこと 税金のこと
新聞記事のきれっぱし 蜜をからめた他人の悪口 喋っても 喋っても
さびしくなるばかり 二人の言葉のダムはなんという貧しさだろう
やがて二人はいつのまにか 二匹の鯉になってしまう
口ばかりぱくぱくあけて 意味ないことを喋り散らす
大きな緋鯉に! そのうち二匹は眠くなる 喋りながら 喋りながら
だんだん気が遠くなってゆくなんて
これは まひるの惨劇でなくてなんだろう
私の鰭は痺れながら ゆっくり動いて 呼子を鳴らす しぐさになる
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく 外にむかってひらかれるのこそ難しい
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
満員電車のなかで したたか足を踏まれたら 大いに叫ぼう あんぽんたん! いったいぜんたい人の足をなんだと思ってるの
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな ぎこちない挨拶 醜く赤くなる 失語症 なめらかでないしぐさ 子供の悪態にさえ傷ついてしまう 頼りない生牡蠣のような感受性 それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
ことば ことば おんなのことば しなやかで 匂いに満ち あやしく動くいきものなのだ ああ
しかしわたくしたちのふるさとでは 女の言葉は規格品 精彩のない冷凍もの わびしい人口の湖だ
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
いとしい人には 沢山の仇名をつけてあげよう 小動物やギリシャの神々 猛獣なんかになぞらえて 愛しあう夜には やさしい言葉を そっと呼びにゆこう 闇にまぎれて
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
大人になるというのは すれっからしになることだと 思い込んでいた少女の頃、立居振舞の美しい 発音の正確な素敵な女のひとと会いました そのひとは私の背のびを見すかしたように、なにげない話に言いました。初々しさが大切なの。人に対しても世の中に対しても。人を人とも思わなくなったとき 堕落が始るのね 堕ちてゆくのを 隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました 私はどきんとし、そして深く悟りました
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
人間は誰でも心の底に しいんと静かな湖を持つべきなのだ
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
ひとりの人間の真摯な仕事は おもいもかけない遠いところで 小さな小さな渦巻きをつくる
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった だから決めた できれば長生きすることに 年とってから凄く美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのように ね
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
一人でいるのは賑やかだ 誓って負け惜しみなんかじゃない 一人でいるとき淋しいやつが 二人寄ったら なお淋しい おおぜい寄ったなら だ だ だ だ だっと 堕落だな
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき 誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった 男たちは挙手の礼しか知らなくて きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
一人でいるのは 賑やかだ 賑やかな賑やかな森だよ 夢がぱちぱち はぜてくる よからぬ思いも 湧いてくる エーデルワイスも 毒の茸も 一人でいるのは 賑やかだ 賑やかな賑やかな海だよ 水平線もかたむいて 荒れに荒れっちまう夜もある なぎの日生まれる馬鹿貝もある
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた そんな馬鹿なことってあるものか ブラウスの腕をまくり 卑屈な町をのし歩いた
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
死こそ常態 生はいとしき蜃気楼
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
気難かしくなってきたのを友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
ばさばさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
もっと強く願っていいのだ わたしたちは明石の鯛が食べたいと もっと強く願っていいのだ わたしたちは幾種類ものジャムがいつも食卓にあるようにと もっと強く願っていいのだ わたしたちは朝日の射す明るい台所がほしいと
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。この家も当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品はお花を含め、一切お送り下さいませんように。返送の無礼を重ねるだけと存じますので。“あの人も逝ったか”と一瞬、たったの一瞬思い出して下さればそれで十分でございます
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
初々しさが大切なの 人に対しても世の中に対しても 人を人とも思わなくなったとき 堕落が始まるのね
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
初心消えかかるのを暮しのせいにはするな そもそもがひよわな志にすぎなかった
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
人間だけが 息つくひまなく動きまわり 忙しさとひきかえに 大切なものを ぽとぽとと落としてゆきます
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
あなたはエジプトの王妃のように たくましく 洞窟の奥に座っている あなたへの奉仕のために 私の足は休むことをしらない あなたへの媚(こび)のために くさぐさの虚飾に満ちた供物を盗んだ けれど私は一度も見ない 暗く蒼いあなたの瞳が 湖のように ほほえむのを 睡蓮のように花ひらくのを
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
落ちこぼれ 和菓子の名につけたいようなやさしさ 落ちこぼれ 今は自嘲や出来そこないの謂 落ちこぼれないための ばかばかしくも切ない修業 落ちこぼれこそ 魅力も風合いも薫るのに
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
もはや できあいの思想には倚りかかりたくない もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない もはや できあいの学問には倚りかかりたくない もはや いかなる権威にも倚りかかりたくない ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
なぜだろう 萎縮することが生活なのだと おもいこんでしまった村と町 家々のひさしは上目づかいのまぶた おーい 小さな時計屋さん 猫背をのばし あなたは叫んでいいのだ 今年もついに土用の鰻と会わなかったと
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
軌道を逸れることもなく いまだ死の星にもならず いのちの豊饒を抱えながら どこかさびしげな 水の星 極小の一分子でもある人間がゆえなくさびしいのもあたりまえで あたりまえすぎることは言わないほうがいいのでしょう
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には震える弱いアンテナが隠されている きっと...わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました たちかえり 今もときどきその意味をひっそり汲むことがあるのです
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき 街々はがらがら崩れていって とんでもないところから 青空なんかが見えたりした わたしが一番きれいだったとき まわりの人達がたくさん死んだ 工場で 海で 名もない島で わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
「こんな時代を生きる若者を軽々しくののしるな」と大人に言いたい。しかし、当の若者たちには冷徹にこの言葉を渡したい。駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ
『マルチョン名言集・格言集』
茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心をひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難しくなってきたのを友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか
『マルチョン名言集・格言集』
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