志賀潔の名言集・格言集

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志賀潔(しが きよし)
生誕:1871年2月7日
出身:宮城県
医学者・細菌学者
死去:1957年1月25日
赤痢菌の発見者として知られ、朝鮮総督府医院長、京城医学専門学校校長、京城帝国大学総長などを歴任
1914年:北里柴三郎らと共に伝染病研究所退職。
1915年:創設された北里研究所(現在の北里大学の母体)に入所。

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※個人名での名言は発言者を変更させていただいております。

志賀潔

(北里柴三郎について)
不真面目や怠慢の時は仮借なく大声で叱責された。先生は沈思熟慮の後に一度決めた方針は如何なる障害に出会っても曲げないで猛進貫徹された

+3
『マルチョン名言集・格言集』

志賀潔

先人の跡を師とせず、先人の心を師とすべし

自ら信ずる所篤ければ、成果自ら到る

+17
『マルチョン名言集・格言集』

志賀潔

なにごともまじめに
しんぼう強く元気よくやりとおせば
きっとりっぱなしごとを
なしとげることができます

+14
『マルチョン名言集・格言集』

志賀潔

私は大学を出たばかりの若僧だったから、(北里柴三郎)先生の共同研究者というよりも、むしろ研究助手というのが本当であった。しかるに研究が予期以上の成果をあげて論文を発表するに当たり、先生はただ前書きを書かれただけで、私一人の名前で書くように言われた。

普通ならば当然連名で発表されるところである。発見の手柄を若僧の助手一人にゆずって恬然 (てんぜん)としておられた先生を私は誠に有り難きものと思うのである

+5
『マルチョン名言集・格言集』

志賀潔

人が病気にならない研究をしよう

+12
『マルチョン名言集・格言集』

トップページ , 名言 0.0 0.0 5 5 (北里柴三郎について)不真面目や怠慢の時は仮借なく大声で叱責された。先生は沈思熟慮の後に一度決めた方針は如何なる障害に

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