島津義弘の名言集・格言集

shimaz

島津義弘(しまづ よしひろ)
生誕:天文4年7月23日(1535年8月21日)
戦国時代から安土桃山時代にかけての薩摩国の武将、大名
戦国大名の島津義久の弟で、島津氏の第17代当主
死去:元和5年7月21日(1619年8月30日)
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※個人名での名言は発言者を変更させていただいております。

島津義弘

死に急いではならない。世の中がどう転ぶかまだわからないのだから

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『マルチョン名言集・格言集』

島津忠良(義弘の祖父)

雄武英略をもって傑出する

※義弘を評した言葉

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『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

もうよか、ここで内府の本陣をつき島津の最後を飾ろう。皆、ご苦労じゃった。義弘厚く礼を言うぞ

+9
『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

中務、達者でな(豊久に対して)

+5
『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

武士の子なのに毎夜騒々しいので遠流にする。四書を一部ずつ与えるのでこれを読了せよ

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『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

軍隊は滅亡すべき状況に投げ入れてこそはじめて滅亡を免れ、死すべき情況に陥れてこそ、はじめて生き延びるのである

+7
『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

家を治めるほどの者は、また、国を治めることもできる。民を憐む者を、君の器と見なす

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『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

人が罵言雑言したとて、これをそのまま受け取って、咎め立てをしてはならぬ

+5
『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

隠し立てしなければ恥ずかしいようなことは、してはならぬ。人の目は天にかかっているものである

+6
『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

侍たちの中で、鉄砲に対して未熟な者は、領地を没収し罪科に処する

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『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

独り言であっても、卑怯な言葉を使ってはならぬ。人の耳は壁についているものである

+4
『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

良いことの五つは真似しやすく、悪いことの一つはなかなかやめられない

+8
『マルチョン名言集・格言集』

島津義弘

老武士のため、伊吹山の大山を越え難し。たとえ討たれるといえども、敵に向かって死すべしと思う

+5
『マルチョン名言集・格言集』

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